基礎についての考察

将来像を先に描くバックキャスティングと違って、雨風しのぎながら、構造を見つけ出すという、このまったく普遍化できないやり口。

何らかの認知の歪みがあるのか?

喜怒哀楽のうち「怒り」という感情が著しく欠けていることを自覚しているけれど、一節によると怒りは不安が原因で現れる感情だと言う。
不安という生命維持のうえで最も重要な感覚が欠如しているので、基礎の無いところに何でも持ってきて、その場しのぎでもなんとかなると思ってしまう。

後で大失敗したり後悔したりする恐れを自覚していない。

もちろん基礎ができていないことで結果が良くなかったり、同じ結果を得るのに時間がかかったり、出来るはずのことをあきらめてしまったり、いろいろと損失はあったのだと思う。

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