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22 (2016-01-03(日) 01:02:18)
#freeze

森川 成美 (著), スカイ エマ  (イラスト)

偕成社 2013-2015


児童文学というジャンルに入る作品だが、先史時代を舞台にした壮大なファンタジー小説として大人でも読める。

文章の緩急のリズムが気持ちいい。人の思いと情景を言葉で織り成すダイナミックスに引きこまれて一気に読ませる。

もともと私と児童文学の接点などまったく無かったのだが「林業少年」の堀米 薫さんとのSNSでの交流を通じて紹介されて知った作品だ。

第一作を読んですっかり、アサギとその世界に魅入られてしまった。
こんな物語があれば良いなと子どもの頃から思っていたような世界、まさにそれが描かれていたのだから。

海外物の冒険ファンタジーの世界は概ねギリシヤ、ローマやゲルマン、ケルトなどヨーロッパの古代神話の世界が背景になっている。
一方で日本文学ではそもそも歴史ファンタジーは少ない。(読んだ事は無いがだいたいヨーロッパ的世界が前提らしい)

自分で本を読み始めた小学生時代から、個人的には原始社会から歴史時代直前あたりを題材にしたプレ神話時代を描いた物語を探していた。そのような作品に出会う機会が無いままに、物語を読むことへの興味が薄れ、哲学や社会の本ばかりを読むようになってしまった。

この物語のあらすじ的なものはネットに散見するのでここでは省くことにする。

アサギの時代は縄文晩期から弥生的初期な日本らしい。
アサギの育った「しも村」は狩猟採集の原始的共同体的で保守的ムラだ。
一方で分業と交易により後「クニ」のはじまりを思わせる大きな社会「とが村」とが出会う世界。ムラ同士の争いを治めていた約束の前提となる経済が大きく変化しはじめ、あらたな戦が起ころうとする。
そんな世界で自らの力で新しい時代を担うことになる少女アサギの成長を描く物語だ。

表には出てこないがこの世界の基礎となる考証はしっかりしている。黒曜石や麻布の交易がはじまり、初期の稲作が試みられた時代。生活の場は竪穴式住居だが木造の大型建築もある。冬になっても雪は無いが、雪国との交流もある。海の向こうから来た商人さえいる。
20世紀末の考古学の成果をもとに解明されつつある農耕のある縄文時代という新しい時代像がしっかりとした基盤にあるのだ。
そこから弥生時代の「クニ」の発生を先取りするような戦が起こるあたりはファンタジー的な創作だけれど、独自に幻想的な世界構築を試みている要素は少ない。

書いてある以上に12歳の少女アサギの人格形成も丁寧に仕込まれている。なにより作者が女性であることによるリアリティーがしばしば男性作者の思い描く「あこがれの美少女像」との違いとして際立っている。
共同体のなかで排除され差別されながら育った母子。アサギと母のかかわりを見るだけでもその成長が見て取れるサイドストーリーにもなる。
12歳といえば男の子はまだ少年だが女の子は急速に女へと成長している時期だ。だから少年たちの影が薄いのは仕方がない。むしろ大人の男の存在感がアサギを成長させる鍵になっている。一方で著者の世代ででもある、ある意味世間擦れした、しかしいざとなると力強い年配の女性たちの描写も抜かりがない。

女でありながら戦士を目指すとか、知恵と勇気を試される戦いなど、いかにも歴史ファンタジー的仕掛けが背景にはあるけれども、ヒロインのアサギは圧倒的に強く美しいわけでもない。自分自身の存在価値へ目覚めるなかで「モモノミカタ」にそって考え、肝心なときに決断を促す「声」が聴こえる。自分の感性に素直なすばらしい行動力を持っている。

アサギ以外の全ての登場人物には独特の影があり単純明快なキャラクターはいない。
アサギには聡明で素直な、けなげなヒロインらしさを期待したいところだが、あくまで内省的でときに冷静でもある。
(このような人物像については、再読してみないと捉えきれないところがある。)

そして物語を牽引する霊的存在の象徴と思われる猿の存在がある。

この物語の魅力は、なんと言ってもことばによる表現のリアリティーだ。それはアクション映画のモンタージュやフラッシュバックを思わせるたくみに編集された時間表現であり、微妙な手触りや打撲の痛みまで伝わってくるようなことばづかいでもある。
弓矢で的を狙うとき矢を放つ瞬間の力の入れ方、斜面を這い上がるときの息遣い、泥沼に足をとられた感触など、そこだけ取り出して読み返したくなる。

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ファンタジーとしての世界構築や少女の成長ものがたり以上に、世界の内部に埋もれて日々生きる人間の生身の表現が私を魅了して止まないのだ。

作者はこの物語を相当長い間あたためて来たに違いない。そして、このような作品としてまとめるまでに、かなり具体的な調査や取材あるいは体験を重ねてきたのだろう。先史時代のリアルな体験など不可能だけれども、日常のちょっとした動作や言葉づかいを物語の世界に適応した言葉に再構成する力が素晴らしい。

出版形態として三部作だが、もともと長編として構想されていたようだ。
児童文学として世に出てはいるが子どもだけの読み物にするにはもったいない。

一応第一部はそれなりに完結はしているがすっきりしない。これでいいはずがないという思いが残る。(そういう在り方はアリズムではあるがファンタジーとしては困る)

第二部はあまりに陰鬱に中断し、完結編とセットでなければ物語としても成り立たない。

完結編のめまぐるしいドラマの展開、最後の勝利と重い現実、まだ微かだが確かな希望。

2015年という時代に描かれたプレ神話時代のファンタジーには、掘り出した断片から再構成される物語もあるし、あらためて発掘しなおせば様々な発見がありそうだ。
しかしここは考古学の世界ではなく、あくまで現代に創作されている物語というリアリティーがある。
歴史を前に進めるために避けられなかった「戦い」。時代的にはまさにこれから延々と戦いの歴史が始まるのだが、物語の結末ではそれを乗り越えられるかもしれない微かな希望が描かれている。
もちろんこれはファンタジーだ、アサギの世界には豊かで平和な時代が訪れることになるのかもしれない。
それこそが現代にこの物語が語られる意味だと捉えたい。

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スカイ エマのイラストが物語の空気を良く伝えていて、素晴らしい。「林業少年」もこの人の絵だった。このタッチをこのままアニメにするのは技術的には難しいかもしれないが、もしアニメにするばらば平板なCGでのアニメ化では残念だ。

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というわけで、まとめて3冊新刊で買うと4500円、第一部はすでにアマゾンには新刊が無い。このあたりが出版事情の厳しさということなのだろうが。












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