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12 (2015-07-19(日) 00:59:04)
[[2015-07-11]]
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求める人材のモデル(仮)

来る者を拒まず、去る者を追わず、それが、組織としての人材への考え方だった。

だから、例えば面接において、相手の話しを聴く以上に、こちらの考え方、仕事のやり方について話し、それに共感を求める事以上に、相手の事を評価したり判断したりはしない、というのが、原則的な態度だった。

私が気にいるとか、一緒に働きたいと思うとか、そういった事はあえて考慮せず、新しい出会いとして、原則として誰でも受け入れてきた。

しかし、いま私は、組織としてではなく、私自身の生き方の表現として、あらたな仕事に取り組もうとしている。

それは、森林と林業と木材にかかわる領域から、私自身を森林という場にかかわらせながらすすめる、生き方の表現でもある。

そこでの、私が求める人材とは、まず私自身がどのようにありたいのか、ということの表明から始まる。

そのうえで、私ひとりではできない、私とともにこの仕事を引き継ぎ広げてゆく事ができるという意味で、本当に私が共にに働きたいと思う人がいるとすれば、例えばこんな人であって欲しいという気持ちをこめて、ここに求める人材像を記してみよう。

(あいかわらずこの文章は素材であって不定期に書き加え改変されている)


技術者として

森林のいまの姿を、過去から未来への時間の中で位置づけ、個々の木の有り様を観察して、この木を育てたいという意思をもち、伐るべき木を見定め、育てる木を痛めることなく伐採し、集材ができる。

目的に応じて、製材から施工(製作)までを意識した造材ができる。

現在から未来までの、その森林の在り方に最適な生産システムを選択し、無駄の無い作業ができる。



企画・営業コミュニケーターとして

立木、丸太、から製品までのあらゆる段階にある木材について、製品化、販売をすすめるための企画、営業、そのためのあらゆる情報発信、対話ができる。

森林をとりまく社会や人々のかかわりかた、歴史や人々の思いについて、理解しようと心がけ、常に人の言葉に耳をかたむけ、その背景にある心のありかたにまで思いを馳せることができる。

経営者として

現実の社会を動かす、経済、行政の仕組みに関心をもち、それを運用している人々の働きについて理解し、対話を通じて、どのようにしたら制度を活かすことができるか意識し、制度を正しく活用し、提言を通じて改革しようとする。

費用と効果について分析し、一定範囲における収支の見積もりと評価ができ、経営を持続する方法ついて考え提案する。

森林の可能性、豊かさ、面白さを常に発見し、それを活かす生産活動につなげることができる。


表現者として

人々を常に森林に招き入れ、相手に応じたわかりやすい表現で、森林の姿、自らの森林にかかわろうとする姿勢、考え方などを、伝えることができる。

人の言葉を聞き、意見を取り入れ、あるいは反論しという、対話を通じて、必要な枠組み(期間・型式)のなかで、自らの意見をまとめて文章化できる。

あらゆる表現様式についての理解を深めることに努め、表現者に対して敬意を払い、学ぶことができる。

常に、自らを表現者として磨くことを怠らず、そのための心身の鍛錬を欠かさない。

基本姿勢

あらゆる経験や知識を一旦離れて、今・ここの、この瞬間のできごとを受け止め、その場にあるあらゆる存在を認め、許し、そのうえで、自らの立ち位置を把握して、あゆむべき一歩を踏み出すことができる。

失敗をおそれず限界に挑戦する精神を持ちながら、生命を守るための絶対的な安全への配慮を同時に欠かさない、落ち着いた行動ができる。


森林が生命の集合体であるという事を深く理解しようと努め、また自らのその一員として生命ある個体としての役割と責任を全うするべき者であることを意識する。


情熱の源泉

森林(自然)の本質が現れる事に、畏れ、敬い、かつ惚れる、という具体的な経験を日々積み重ね、そのことに喜びを見出している。



以上の全ての事がかなわないとしても、

人として

生命あるものをかけがいの無いものとして愛し、あらゆる存在を受け入れ、自らも受け入れられていると信じ、つねに謙虚に日々を全うしようとつとめる。


日々個別の出来事においては、失敗と過ちの連続であっても、自己という存在をかけがいの無いものとして、自ら許し、許されているという、確信があれば、絶対にブレない精神の落ち着きが、意識することなく、その人の存在にあらわれている。


私はそのような人でありたい。そのような人とともにはたらきたい。












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