いろんなたたかい

もともと競争心が足りない方だし、闘争本能とかも無いのではと思っているくらいなのだが、私の身体では現にたたかいが始まっている。喉の表面を襲撃してきた奴がいて、首のリンパ節あたりを拠点にして、侵入者を撃退する準備をはじめている模様。

争うことは苦手だけれど、生きているということ自体が実はさまざまな「たたかい」で成り立っていることは確かなのだ。

もちろん、今リンパ節ではじまっている「たたかい」は生命活動そのもの、意識レベルでの闘争心とはまったく関係ない。

がしかし、意識のなかでの「たたかい」あるいは「争い」というものも、ときには必要になってくる。自分とのたたかいとかは別にしても、そこには他者との健全な競争だけでは済まされないことも含まれている。ある意味では人を出し抜くなんてことも出てくるわけだし、嘘をついたり騙したりしないギリギリのところで他人とかかわるということもある。

そういうことが実はかなり苦手なのだが、これは感情の欠落とかかわりがあるかもしれない。

喜怒哀楽が激しくない、というか非常に弱い。特に怒りの感情が足りない。ほんとうなら怒るべきところで哀しくなってしまう。

これを平和主義とか非暴力主義と結びつけて考えることはない、主義主張の問題ではなくて、私自身はこういう在り方の者なのだから。

いまの暮らしかたのきっかけを問われて、文章にしようとして、あらためて気がついたことは、私はいままで、積極的に何かを求めてやったことはあまりなく、ほとんどが受け身で成り行きにまさせてきたのではということだ。

何かを求めるという気持ちが無いわけではないけれど、それの実現を目指し頑張るとか「たたかう」というよりは、いつでも出会った事どもへの受け身的な対応で人生をすごしている。

そんな私が、自ら「表現者」でありたいなどと口にするのもおかしなことなんだが、やはり私にしか伝えられない何かがあるような気もしている。

それは主体的自己表現などではなく、受け身的な存在の表現であってもいいじゃないか、などと思い始めている。

最近

ここで妙に難しい事を書き並べたくなっている。

初期のころに比べたらスタイルがかわってきているなと。

読者を意識してやさしいことばで書くのも悪くないが、読者を意識してわけのわからんことを書くものまた悪くない。

繰り返しますが、これは日記ではありません。だから書いていることは日々のできごとでもないし、事実かどうかもわかりません。

思考実験を含む素材集ですが、利用した結果については一切保証しません。

Yahoo!ブックマークに登録 Google ブックマーク
clip!